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日本鍼灸師会50年の歩み その4

(49ページから56ページの一部まで)

組織強化委員会の中央指導方針:

 業界再編成の合同試案は、全鍼連3月12日、日鍼会3月13日に、それぞれ全国師会長会を開いて協議した。全鍼連においては、種々事情があって全国師会長の十分な理解が得られなかった。日鍼会においては、一部に反対意見もあったが概ね了承された。このような両師会まちまちの報告に対して、両会長は丸茂先生から激しく叱咤されたので、3月21日、緊急に日鍼会、全鍼連合同幹部会を開き更に検討協議した結果、改めて日鍼会、全鍼連、日保連(このなかに日盲連代表を含める)より5名宛の委員を選び、組織強化委員会を設けて協議することになった。

 そして3月31日、各団体から正式に選ばれた代表委員による組織強化委員会が開催され、今回の問題に対して徹底的に検討を尽くし、協議を重ねた末に、現在及び将来展望に立脚して、もっとも実現可能と思われる次の中央指導方針を全員一致で決定し、出来るだけ速やかな実現を期することを申し合わせ、責任を明確にするため委員名を連記して、全国各都道府県団体に配布することとした。

組織強化委員会決定事項

  1. はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師は全国単一の団体を結成する。
  2. 上記の団体のなかに、社団法人の鍼灸師会と社団法人のあん摩マッサージ指圧師会をつくる。
  3. 前2項に定めた組織形態は、中央と各都道府県までとし、それより下部の組織は任意とする。
(委員氏名)
日鍼会
木下晴都、川勝義雄、森秀太郎、黒須幸男、中村万喜男
全鍼連
永井秋夫、岩根 恩、山田醇一郎、伊藤武男、森本淳一
日保連
土橋文勝、井垣博夫、村谷昌弘、笹川吉彦、三好信寿

昭和52年3月31日

業界再編案の不成立:

 組織強化委員会において、出席委員15名が1人の反対者もなく、全員一致で決定した中央指導方針であるから、当然この方針に基づいて組織強化は達成されて、業界発展の礎は定まるものと確信されていた。ところが52年5月8日、9日の全鍼連総会はこの案に反対することを決議し、同年5月15日、16日の日鍼会総会は賛成を決議した。

 業界を代表する両団体が、全く異なった決議をしたことによって、折角の中央指導方針は宙に浮き、健保協定の実現は暗礁に乗り上げ、業界としてもまた日保連としても方向を見失った形となった。

第5回国際鍼灸学会:

 昭和52年10月22日〜25日東京の日本都市センターにおいて、国内参加者1,250名、国外参加者350名、計1,600名の参加者のもとに第27回日本鍼灸治療学会と合同して第5回国際鍼灸学会が盛大に開催された。

 今学会は、厚生省後援に続き日本学術会議の後援を得ることができ、来賓として渡辺美智雄厚生大臣、越智勇一日本学術会議会長、熊谷洋日本医学会会長等、日本の科学、医学を代表する方々にご臨席いただき、祝辞をいただくことが出来たことは、鍼灸医学の飛躍的な発展を示唆するものであった。

健保協定推進に関する決定:

 保険運動に苦慮する日保連では、昭和52年7月31日に全鍼連新執行部を加えて中央委員会を開き、この事態を打開するための方策について慎重に協議した結果、業界の今後及び日保連の方針を検討するために中央委員会の中に小委員会を設けて積極的に取り組むことになった。

 小委員会は、8月以降精力的に会合して作業を進め、各団体の意見を調整して、11月に至り一応の結論を得たので、11月3日の中央委員会に諮って十分審議を加え、その決定事項(下記)を全国に通達した。

健保協定推進に関する決定事項

  1. 鍼灸マッサージの健保協定は、日保連を中心として推進する。
  2. 協定は鍼灸マッサージの同時締結がのぞましいが、業界その他の実情に鑑み、鍼灸協定の実現から着手する。
  3. 日保連は、鍼灸の協定に当って当分の間日鍼会を名義団体とする。
  4. 都道府県における協定は、日保連所属の法人団体が当り、その取扱いは日保連に加入するすべての団体の会員に及ぶ。
  5. 協定による取扱いを希望するものは、日保連所属の都道府県団体に加入するものとする。
  6. 以上の決定は当分の間、日盲連を日保連の構成母体の中に加えるとの了解のもとにまとめられたものである。

 このような中央委員会の決定は、業界再編成が早急に結論のでない現状打開の方策として、各団体の代表が英知を結集してまとめあげたもので、幸いにして業界一致で推進する方針を確立することができた。

 同年11月27日、日保連正副会長は厚生省を訪問して、この合意の結論によって鍼灸協定が進められるよう要望書を提出した。

明治鍼灸短期大学開学:

 日鍼会は鍼灸教育について常にその充実と振興を図ってきたが、昭和53年4月24日、日鍼会が久しく待ち望んだ本邦初の3年制鍼灸短期大学が開学し、めでたく入学式を行った。

 鍼灸の教育に関しては、本会創立以来真剣に取り組み、度重なる陳情をしてきたところであるが、文部省は昭和51年に短期大学の理療科設置基準を決定し、また、日本学術会議においても鍼灸教育は大学規模の教育がぜひ必要であると発表されている。同大学は、これに応えるために鍼灸治効の科学的実証、高度な知識と技術及び人格をもつ鍼灸師の養成、国際的な東洋医学の研究、教育、普及などの使命を帯びて明治東洋医学院が全力を注いで開校準備を進めていたものである。

 初年度の入学生は、男子、女子合わせて125名で、学生の出身地は近畿地方を中心に全国31都道府県にわたった。

日本鍼灸会館竣工なる:

 昭和53年2月、船舶振興協会の助成と会員各位の浄財、並びに各方面の多大な篤志ご協力により、地下1階(機械室)〜地上7階(搭屋・エレベーター機械室)、総床面積844gの会員の城である日本鍼灸会館が豊島区南大塚に竣工した。同年5月20日には、竣工式典と祝賀会が催され、厚生省の佐分利輝彦医務局長、財団法人日本船舶振興会の田村鋭一理事長はじめ、政界、官界、学校関係、業界、会員等約200名が出席し盛大に日本鍼灸会館の竣工を祝った。

 尚、翌5月21日には、竣工成った新会館の2階講堂で、昭和53年度通常総会が開催され、日保連で合意した健保協定推進に関する決定事項に基づく、鍼灸協定の窓口となる契約名義団体を日本鍼灸師会が引き受けることについて、慎重に審議してこれを承認した。

全鍼連法人化を申請:

 全日本鍼灸マッサージ師会連盟は、昭和53年6月に社団法人の申請を厚生省に提出した。これに対し、既に昭和26年に鍼灸団体は社団法人となっているので、類似法人の併立排除の立場から反対する日鍼会、行政機関と業界との連絡の混乱を憂慮する日盲連等によって各団体間の関係が険悪となり、それが更にエスカレートして、全鍼連による日保連ボイコットに近い状態となって、保険運動も各都道府県における体制調整作業も全く停滞してしまった。

スモン患者にはり・きゅう治療適用:

 厚生省はスモン患者救済のため、昭和53年11月21日、薬発第1527号、厚生省薬務局長、公衆衛生局長、医務局長、社会局長、児童家庭局長、保険局長の6局長連名による「スモン総合対策について」の通達が出された。そのうちの関連事項としては、(1)健康保険等における療養費の取扱いについて「疼痛(異常知覚を含む)を伴うスモンについては、はり、きゅうの施術に係わる療養費の支給対象である神経痛の類症疾患に含まれるものであること」と明確に示された。(2)「スモンに対する、はり、きゅう及びマッサージ治療研究事業実施要綱によって、12月1日から治療研究事業が実施されることになり、実施の細部について11月24日、衛難第17号、厚生省公衆衛生局難病対策課長の通達が出された。

 このように、スモンが健保療養費の支給対象疾患に含まれるという判断が示されたこと、治療研究事業のなかに調査研究班で試みられた鍼通電の方式が公費治療において初めて認められたことは、将来に向けて大きな前進である。

全国の保険契約名義団体漸く決定:

 健保の団体協定締結に向けて日保連が進めていた名義団体を決定する作業は、中央は日鍼会に決まっているが、地方の名義団体をどこにするか困難を極めたが中央、地方の絶大な努力によって、方針決定以来1年10ケ月ぶりの54年8月に全国都道府県の契約名義団体がまとまった。

 これを受けて日保連は厚生省保険局を訪問して、医療課長に全国の決定団体一覧表を提出して協定締結を要望した。これに対し医療課では、各都道府県の決定団体が、日鍼会系、全鍼連系とまちまちであるから、将来トラブルを生ずるおそれがあることを指摘し、中央も地方も同系列の組織でなくては協定はむりであると難色を示した。

厚生省から鍼灸の資料提出の要請(第一次内示)出る:

 丸茂参議院議員の強力な指導とご支援により、54年12月22日に厚生省保険局医療課から呼び出しがあり、待ちわびていた健保団体協定についての指示が、第一次内示として、業界事情の資料提出と問題点について回答をするよう求められた。

 その内容は、「鍼灸について」というメモ形式のもので、

1.資料

  1. (1)規約または定款……日鍼会、全鍼連、日盲連、ブロック代表県
  2. (2)会員数……各県ごとの都道府県単位、ダブル会員は再掲すること。内訳として施術を業とする会員数、保険請求をしている会員数、それぞれ区別する。鍼灸師とマッサージ師の免許ごとに集計する。
  3. (3)会費制度……各団体、各都道府県ごと。
  4. (4)講習会、研修会の実績及び今後の計画(中央、地方)
  5. (5)アウトサイダーの実態の把握状況
  6. (6)治療内容上の流派、学会の実績

2.その他の事項

  1. (1)過去、全日本鍼灸マッサージ師会連盟が法人化申請を行い、社会福祉法人日本盲人会連合は単独協定を申し入れた経緯があるが、業界内でどのような整理をしたか。
  2. (2)三団体以外の団体が単独で協定したいとの動きが出る懸念があるが、業界内でどのように統一していくのか。
  3. (3)各都道府県の母体がそれぞれ相違するが、どのような形で中央と地方が一貫した組織となるのか。
  4. (4)中央において、全国の会員を、保険制度の趣旨に沿って十分指導できる組織が必要であるが構想はどうか。即ち、業界を統括する協議会並びに中央(厚生省)との窓口になりうる組織。
  5. (5)名義団体以外の団体に属する会員については、その団体全員が名義団体に加入することになるのか。あるいは、保険請求者のみが加入することになるのか。
  6. (6)名義団体が主体となり施術者の研修、講習をどのように実施し、指導体制を確立していくのか。

 以上の事項について、文書により提出することが要請された。

 これに対して業界側は、12月23日の日保連中央委員会で主要点を検討し、伊藤武男、井垣博夫両委員が諸問題を作文、川勝義雄委員が資料収集と整理を担当することにして回答文の作成にとりかかった。

厚生省へ第一次内示の資料及び回答文を提出:

 厚生省からの資料提出と問題点の問い合わせについて、当局の意向に対応した現状として業界がなし得る最大限の回答文を作成し、昭和55年1月16日の日保連中央委員会でさらに内容の検討を加え正式に決定して、1月24日に厚生省保険局医療課へ提出した。

社団法人全日本鍼灸学会誕生:

 本会が昭和26年に設立した日本鍼灸治療学会は、時代的要請に応えるため、日本鍼灸医学会と発展的に合併改組して昭和55年4月1日に社団法人全日本鍼灸学会として生まれ変わり新たな出発をした。

厚生省から療養費の支払に関する団体協定について(第二次内示)が示される:

 第一次内示に対する業界からの回答と協定要請について、昭和55年5月9日に厚生省保険局医療課から概略下記の如き第二次内示があった。

療養費の支払に関する団体協定について

 療養費の支払に関して各保険者と協定を締結する場合には、次のことが考えられる。

1.協定の内容

 協定の内容は一団体と次の事項について行うこと。(1)受領及び金銭の授受、(2)対象とする施術の範囲及び内容、(3)内部審査、(4)施術者に対する指導・研修及び保険者からの伝達、(5)保険者及び被保険者に損害を与えた場合の責任、(6)不正を行った施術者に対する処分、(7)各種調査のとりまとめ。

2.施術者等に対する平等の原則の確立

 協定を締結したことにより一部の保険者、被保険者、施術者が不利益な扱いを受けるものであってはならず、すべてについて公平でなければならない。( 1)〜5)省略)

3.協定の当事者となる団体は、地方、中央とも法人格を有する一団体とし、且つ中央の団体は地方の団体を指導監督できることが確立されていること。

 以上のようなことが考えられるが、鍼灸団体の考え方は、別紙(注:中央、地方の組織図、省略)のとおり一施術者が数団体に加入する方式になっている。協定団体も各県では一団体であっても、多数の団体が協定することになる。

 このような方法であれば前記事項を確保できるかどうか、また各保険者を調整できるかどうかの問題があるので、この点について具体的にどう考えているか整理すること。

 以上の内示は、団体協定について契約以前にしなければならない条件が示され、1月に提出した回答文の業界体制では複雑すぎるので、もっと指導監督がしやすいよう改善を求められたものである。

 ところが複雑で宿命的な業界の体質は、直ちに対応できる状態ではなく、5月24日に日保連中央委員会、6月1日に日保連総会が開催されたが、第二次内示の直接回答となるような対応策を出すに至らなかった。

日鍼会創立30周年記念式典を盛大に開催:

 昭和55年5月12日、東京高輪のホテルパシフィックにおいて野呂恭一厚生大臣をはじめ、多数の来賓のご臨席を得て日鍼会創立30周年記念式典、並びに記念祝賀会が盛大に開催された。また、厚生大臣表彰、会長表彰、及び記念誌の発行も行われた。

全鍼連の法人化と厚生省の仲介:

 全鍼連の法人化に対し、日鍼会としては類似業種の複数法人団体をつくることは、将来両者間で競合を招きかねないというかねてからの考えから反対をしてきた。しかし、昭和55年に至り、この法人化について野呂恭一厚生大臣の指導により、厚生省が仲介の労をとり当事者団体と日鍼会、それに日盲連を加え、3団体で話し合いの場を持つことになり、その第1回を同年1月24日に厚生省において行った。以後、回数を重ねた結果、7月11日の第5回目には野呂恭一厚生大臣ご臨席のもとに次の如き業団再編成7項目を決定し、その合意文書に全鍼連、日鍼会、日盲連の3団体代表と厚生省の斎藤医事課長が下記の合意文書に署名した。

全鍼連法人化問題の合意事項

 全日本鍼灸マッサージ師会連盟、日本鍼灸師会及び日本盲人会連合は、下記の事項について合意した。

  1. 全日本鍼灸マッサージ師会連盟を母体として、全国の鍼灸マッサージ業務に従事する者を総合する団体を作り、法人とする。
  2. 日本鍼灸師会を母体として、全国の鍼灸業務に従事する者の専門団体を作り、法人とする。
  3. 今後、全日本鍼灸マッサージ師会連盟、日本盲人会連合、及び日本鍼灸師会の団体が協力して、全国のマッサージ業務に従事する者の専門団体を新たに設立し、法人とする。
  4. 全日本鍼灸マッサージ師会連盟と日本鍼灸師会は、役員の相互乗り入れを行うほか、日本盲人会連合から役員の参加を求める。この具体的な実施方法については、関係団体が協議し、厚生省が調整する。
  5. 今後、中央組織に連なる形で、各都道府県においても、上記に準じて再編成する。
  6. この再編成に当っては、各団体の中に、視覚障害のための特別な組織を設けるなど視覚障害者に対し十分な配慮を行う。
  7. 1、2、及び4については、各団体の部内手続きなど必要な準備を急ぎ、3月以内にその実現を図るものとする。

昭和55年7月11日

全日本鍼灸マッサージ師会連盟
会 長 関野 光雄
副会長 阪本 丈明
副会長 伊藤 武男

社団法人日本鍼灸師会
会 長 木下 晴都
理 事 黒須 幸男
理 事 井垣 博夫

社会福祉法人日本盲人会連合
会 長 村谷 昌弘
理 事 志村 一男
職業経済委員長 三好 信寿
厚生省医務局医事課長 斎藤 治美

 このように厚生省が中に入って、それぞれの団体の代表が合意したのであるが、全鍼連はこの合意事項に対して積極的な誠意を示さず、それについて日鍼会、日盲連から強い反対意見が出されて紛糾し、合意事項の即時実行は見合わせられた。