1. HOME
  2. 鍼灸を知る
  3. けんこう定期便
  4. No.26「熱くない」日本の直接灸を世界へ、未来へ

けんこう定期便

Health News

けんこう定期便

No.26「熱くない」日本の直接灸を世界へ、未来へ

お灸道創始者:伊田屋幸子氏 (プロフィールはこちら)

今なお人々を死に至らしめている病、それが結核です。イギリスのチャリティー団体であるMoxafrica(モクサアフリカ)は、その結核菌と向き合い、対峙するアプローチとして日本の直接灸を選び日々研究を続けています。そのMoxafricaの伊田屋幸子先生から、あまり知られることのない結核の現状や、結核菌から人々を救ってきたお灸の効果について、たいへん興味深いお話をたくさんお聞かせいただきました。「きっとお灸の見方が変わってくると思います」。そう切り出して始まった、伊田屋先生の講演。結核の有効な治療方法でもあるお灸の歴史を紐解きながら、その一部をご紹介していきます。
1940年代、日本人の死亡要因の1位をご存知でしょうか?がんでも脳卒中でもありません。結核菌です。他の菌に比べて細胞の皮・殻がとても厚く、強い抗生物質を使っても破けない。薬がその中に届くまでに大変時間がかかります。そうした特徴のある結核菌は、治療が難しいのです。また、結核菌は、非常にゆっくり増殖します。皆さんご存知のとおり、何十年もかかって発症することがあります。人類が一番長く対峙している病気は、この結核だとも言われています。実際に古代人が結核に罹っていたという話もあるくらいですから。

その結核も日本では、1951年をピークに1990年までの40年ほどで一気に減少しました。世界で最も早く結核が減少した国、それが日本です。もちろん衛生環境の飛躍的向上が主たる要因ですが、そんな日本で1950年以前、つまり結核がピークに差し掛かる少し前に、お灸で治療していた先生方がいらっしゃいました。沢田先生と深谷先生のお二人です。沢田先生は、たくさんの結核の患者を治療して、多くの参考になる症例を残されています。一方の深谷先生の場合は、実際に先生ご自身が結核を患うことになり、その後お灸で治った経験から鍼灸師を目指されたとお聞きしました。これも、大変貴重な症例だと思います。
Moxafrica設立のきっかけとなった原志免太郎先生もまた、こうした先人のお一人で、お灸で博士号を取得された最初のメディカルドクターです。先生は九州の福岡に暮らしていたそうですが、薬など、当時東京にあるものが九州にはなかったと言います。結核患者に投与する抗生物質も東京で止まってしまっていて、九州まで届かなかったと聞いています。そこで先生は、結核病棟を自分の手で作ってしまった。そこに患者さんを入院させて、お灸治療をしていたそうです。

今日でも、結核を発症する人が世界には3万人いらっしゃいます。そして、1日に5千人が結核で亡くなる、13秒に1人です。こうして私が一時間話している間にも、たくさんの人が結核で命を落とされています。ただ、これもWHOが把握している数であって、実際にはこの数倍とも言われています。エイズやマラリヤよりも、結核菌の方が確実に人を殺しているのです。決して過去の病気ではありません。そうした中、「お薬のない時代、結核にお灸が効いていたのなら」と、三人の先生方のお話をヒントに、お灸は現在の結核に、とりわけ衛生環境の良くない状況下での治療に効果があるのではないか、そう考えたわけです。
結核菌は空気感染します。たとえば東京で大地震が起きて、3日間都市機能が停止したとします。そして、体育館のような避難所に大勢の方が一緒に過ごさなくてはいけないとなったら……するとどうでしょう?

そこで、免疫力を高める作用が期待できるお灸です。鍼灸師の皆さんがパッと行って、被災した人たちにお灸をしてあげる。これで免疫が下がりません。一番大変な時期をしのげるということになります。鍼灸師による「緊急チーム」のようなものがあればいいですね。

お灸は電気もいらないですし、コストもかかりません。特に結核など免疫が下がる病気に対して、お灸は欠かせない存在になるのかもしれません。緊急時でなくても高齢になると自然に免疫が下がりやすくなります。結核を発症させないためにも週に1回、公民館などで無料のお灸をするとか、そういう動きに繋がっていったらうれしく思います。

お灸は何故いいのか。まず、この免疫を下げない効果が挙げられます。結核のように長く治療することを考えた場合には、治療費も安くて済みます。誰でも、健康な人がやってもいいのがお灸です。さらに、どの時点からでも治療が始められるという点も見逃せません。病気にかかっていてもいなくても、いつからでも始めることができます。何より副作用がなくて安心安全であること、抗生物質によって耐性菌ができてしまうといった副作用の心配がないお灸は、とりわけ結核治療の大きな力になります。

「イギリスやアメリカの人は、お灸のことを何も知らない。だから海外で「お灸フェス」をやりたい」と伊田屋先生。
「お灸は熱くないですよ」と教えてあげたい、そしてお灸でどれだけ足が軽くなるかを体感してほしいのだとおっしゃいます。
「ロンドン市内には公園が30個以上あります。そこでお茶を飲み休んでいる人たちに、日本の鍼灸師が無料でお灸をしてあげられたなら……お灸の認知度はあっという間に広まりますよね。ロンドンで広まったら世界に広まるのはとても早いです。ロンドンの次はパリ、その次はニューヨークと、世界の大都市で広げていければと思うんです」。

鍼灸師の力を借りて、世界に日本のお灸を広めたい――伊田屋先生の思いは、お灸の未来にピタリと重なっているようでした。

 

伊田屋幸子(“Yuki” Itaya)氏プロフィール

1976年生まれ。福岡県出身。東洋医学博士。お灸への関心は馬の治療を通して幼少の頃より経験する。アメリカ在住20年、2年前よりイギリス在住。2008年より全米MukainoMethodのディレクター兼講師を務める。現在は毎月ヨーロッパ、アメリカなどで講演を通して、日本鍼灸普及の活動を展開。モクサアフリカ理事、結核患者の補助治療として灸の研究をウガンダ・マケレレ大学で行う。2014年より越石灸や日本式灸のお灸を世界各地で広める活動を積極的に行っている。お灸道創始者 (okyu-do.com)