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けんこう定期便

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No.6 「庭づくり」と「体づくり」

造園家・東京都市大学教授 涌井史郎先生 (プロフィールはこちら)

東京赤坂。眼下に国会議事堂と議員宿舎、そして衆・参議院の議長公邸を望むホテルの一室には、まばゆい光が差し込む――そんな明るい午後、造園家でいらっしゃる涌井史郎(雅之)先生を迎えて、お話を伺いました。テーマは「庭づくり」と「体づくり」。最近の環境問題を手始めに、自然から多くを学んできた日本の「庭づくり」と鍼灸師が行う「体づくり」について、その共通点を交えて存分に語っていただきました。
編集部
ここからの眺めにふさわしく、母なる大地“地球”の創世から話していただけるそうですが…「地球に生かされている」ということを忘れてはいけない、とはどういうことでしょう?
涌井先生
46億年と言われる地球の歴史の中で、最初に生命が誕生したのが38億年前。これを一年の暦に置き換えてみましょう。まず、4月の末に生命が誕生して、だいたい10月くらいには海から陸に生物があがってくる。そして、我々人類が登場するのは、年末も押し迫ったクリスマスを過ぎてから。文明というものが始まるのは…12月31日の午後11時59分になってようやくです。
編集部
あまりの例えに、思わずため息が漏れてしまいます…
涌井先生
技術や科学を手に入れた産業革命は、一年が終わる2秒前のことです。たったの“2秒”。こうした“スケール”で考えると…我々は人間として存在してるんじゃない、人間である以前に38億年かけて進化してきた生物の、一派生物にしかすぎない…そう思えてきませんか?その一派生物が、たった2秒の間に地球環境を壊そうとしているんだから…。自分の健康を云々する前に、まず地球の環境を考えるべきでしょう。我々を支えてくれている地球環境を破壊するということは、自分たちの健康を破壊するのと同じことですよ。
編集部
なるほど。地球が病んでいるとか、地球が発熱していると書いている本もありますね。ただ、問題が大きすぎて、関心を持てない方々が多いことも確かです。
涌井先生
「ガーデン=庭園」という言葉はね、ヘブライ語の“ガン”と“エデン”が語源なんです。“ガン”は「囲われる」、“エデン”は「楽園」…つまり「囲われた楽園」の意味になりますか。そこから考えると、地球というのは、人間にとってまさに「囲われた楽園」です。その楽園が、今、危機に直面している。

問題は“大きさ”じゃなくて、その“スピード”。世界中の学者が「2030年から2050年が地球のティッピングポイント=臨界点だ」と騒いでいる。それどころか、ブリティッシュコロンビア大学の指標(エコロジカル・フットプリント)では、現時点で「地球が一つじゃ足りない」とか?0.25個オーバーしようとしているようで…これは穏やかじゃない。「さらに便利で、さらに豊かに」と思うことが、実は未来からいろいろなものを奪い去っている――この事実をちゃんと認識しなきゃ駄目だよね。
編集部
地球が「一つじゃ足りない」とは、また衝撃的ですね。
涌井先生
地球環境というシステムの崩壊が速すぎて「未来に対してどうしたらいいのか」という考えが追いつかない。1000年も先の話じゃなくて、子供や孫の世代を、きちんと保障できるのか。まず、そういう状況に目を向けて、その上で「地球が健康でなければ個人の健康もあり得ない」ということを考える。WHOの言葉を借りれば「健康とは人間が一人の尊厳ある存在として完全に社会的に安寧な状態」、つまり「肉体的な健康だけじゃなくて、その人が社会の中でごく当たり前に生きていける状態」こそが、健康だということです。
編集部
「人は環境で変わる…環境も人で変わる」というのは、テレビCMでもおなじみの台詞ですが、「人は環境の動物」とよく言われますが?
涌井先生
全くそのとおり。なのに、都市文明というのは、自然界の秩序や流れに背を向けた形で出来上がっている。生物としての人間にとって、それで“良い”わけがない。そしてもうひとつ。今もこの空に浮かんでいる“月”の存在。肉体の生理代謝が、月の引力という環境に常に作用されていることも忘れちゃいけない。骨格や筋肉は地球の重力方向に引っ張られるけど、その中を漂っているリンパ液だとか血液は月の満ち引きに引っ張られている――と言いますが、実は庭園づくりも同じなんですよ。
編集部
月?ですか…。満月のときに種を撒くと発芽しやすいとか、蟹は新月のときに採るんですか?脱皮をしないから殻が固くて身が締まって美味しいとか、聞いたことはありますけど。
涌井先生
そう、月。日本の庭園文化というのは、この月の運行をすごく大切にしてる。桂離宮がその好例です。農業や林業、漁業を通じて、月が生命活動を司っていることをよく知っていたんだね。伊勢神宮のご神木をいつ切るかってご存知ですか?新月伐採と言って、2月の新月の日に切るんです。それはなぜか?新月の日は、月の引力が強く発生しないから。水が全部土のほうに戻っていて、その時に切れば一番腐りがないと。そういうことがわかっていたんですね。「夜空に輝く月を愛でるための“月見台”を造る」なんていうのも、日本庭園が月を大事にしている証拠です。
編集部
神々の力のような、何か神秘的な感じがします。
涌井先生
日本文化の“根”にあるのは「自然と呼吸し合うこと」。庭園もそうだし、日常の生活文化も。田舎に行くと「まつり」の字が違っているのに気づきませんか?示偏の「祀り」。その土地の産土(うぶすな)の神様と呼吸するという神聖な行事なんですよ、地方の「まつり」って。
編集部
産土の神…氏神様とは聞きますが、なかなか「産土神」「産土神社」とは言いませんね。
涌井先生
祝詞にしたって、まず産土の神から始まるわけですよ。それから八百万(やおよろず)の神々に移って、最後に天照大御神。確か、古事記も。
編集部
天之御中主神から始まって、天地万物を創造した「造化三神」が書かれていますね。「造化三神」はH2Oの三角形という説もあって…水が無いと生命が生まれませんから、とても興味深い説だと思います。

涌井先生
日本人は“目に見えない”いろんなものを、うまく取り込みながら文化に華を咲かせてきたんだよ。
編集部
そういう見えざるチカラが及ぶことが他にもあるそうですね。建築や都市計画の世界で言うところの“hidden dimension=隠された次元”。これって、一体何ですか。
涌井先生
西洋の庭園はね、見えているものを見せる。しかも誇張して、独特の目線で。ベルサイユ宮殿なんて、歩いていたら全体像なんて見えないですよ。王宮があって、その一番上に登って初めて全体が見える。つまり、西洋庭園というのは、神の目線なんです。じゃあ日本庭園はどうかと言うと…見上げ、かな?手前側からだんだん見上げていく構造を採っている。目線がまるで違う。西洋庭園は“形”で説得するけど、日本庭園はそうじゃない。“形”じゃなくて“構成”。それぞれの繋がり…目に見えないものをいかに感じさせるか、というのが日本庭園なんです。
編集部
この“目に見えないもの”が“hiddendimension=隠された次元”?
涌井先生
龍安寺の話がわかりやすいかな。龍安寺に行くと何を見ます?皆さんが見ているのは何ですか?
編集部
目が行くのは足下の白い砂利でしょうか?それから、壁…石組み…。
涌井先生
まずは“石組み”をご覧になるんじゃないですかね。要するに石を見る。ところがアイカメラを付けてみると、面白いことがわかる。実は石そのものではなくて、石と石の関係を見ているんですよ。石を見ているようでいて、Aという石とBという石を見比べている…“関係性”を見ているんですね。
編集部
いわゆる“天地人”とか、そういうものでしょうか?
涌井先生
そういうことでしょうね。だけど天地人の三角形って見えますか?見えないですよね?勝手に我々が結んでいるだけだから。こうして結んでいる線、つまり物理的には見えていないけど人間が感じるもの。これがhidden dimensionです。この“見えないけれど感じられるもの”が納得いくかどうかで、庭園を「安心できる」とか「不安定だな」と思うわけだから、造園の大きなポイントと言えます。石を見ているようで見ていない。実はその線を見ている。線を見ているようで、その実、石を見ている。わかりますかね、この感覚?
編集部
多分、東洋医学というのはhidden dimensionなんです。“見えないものを見る”という共通点がありますね。だから何となくわかります。西洋医学は“見えているものを見る”。だから見方が違う?…何か庭園論議に戻ってしまいました。
涌井先生
東洋医学って、どこかアプローチが日本庭園に似てるんですよ。数学で言えばね、“多変量解析”なんじゃないかな、東洋医学って。いろんな要素を統合して、それから解析する…だから割り切れなくていい。西洋医学というのは10m上から直径10cmのところに降り立つみたいなものでしょ。だからそういうわけにいかない。東洋医学は、そうじゃなくて、どの方向に降りていくのが“それ”にとって一番いいのかを考える。アプローチが全く違うのに同じ方法を採ろうというのが…そもそも無理があると思いますけどねぇ。
編集部
そうかもしれません。ただ、科学的証明って言われると難しい…。すぐにエビデンスとかを持ち出されますから。
涌井先生
近代医学はみんなエビデンス、エビデンスって言うけど、EBM(Evidence-Based Medicine、根拠に基づいた医療)じゃないと駄目だって言うけど…果たしてそうかな?人間の体って、そうですかね?そうじゃないと思いますよ。
誰がやっても客観性があって再現性が高いから科学だと、それを間違いだとは思いませんよ。でもね、じゃあ隣同士の関係はどうなのかというと…からっきし弱いんですよね、近代医学は。例えば、こうやって先生方とお話しさせていただいているときは、とっても元気、ハツラツですよ。でもね、うちのかみさんがいろいろと圧力をかけて話してきたら…途端に元気じゃなくなってしまう(笑)。これも、ひとつの“関係性”じゃないかと思います。
編集部
確かに科学的証明が、しにくい状況と言いましょうか…笑えませんけど。
涌井先生
あはははは、構いませんよ。証明しにくいと言えば、全体の“気”ってあるじゃないですか。その人の持っている雰囲気とか。これもそうですよね。雰囲気なんて、写真には写りませんよ。「すごくパワーにあふれているな」とか、「なんか疲れているな」とか。こうやって相対することで、それがわかるようになる。これはお互いの“気”という、見えるようで見えない、見えないようで見えるものを、お互いが感じ取るからでしょ?これを科学的に証明するとなると…ちょっと厄介じゃないですか?
編集部
そうですねぇ。“感じるもの”ですから…診断の“診”の診るですね。
涌井先生
それだ。そう、“診る”わけですよ。景観の“観”と一緒。目じゃなくて体全体で体感する、“気”を体感する。よくわからないけど、これが東洋医学で大事なんじゃないかなぁ。さっき「自然と呼吸し合う」のが「日本文化の“根”」と言ったけど、それは何か?言ってみれば、季節に誘われた“気”という生命のながれを、日本人は掴もうしてきたんだと思うね。それが、中国的な東洋医学だけではない、日本独特の健康法に繋がっていったんじゃないかな。“気”を測るとか“気”を見るとか、これがすごく大事で、健康というのは生理的な疾患だけじゃなくて、トータルの問題なんだというのは、そうやって相対して初めて見えるもんでしょ?違います?
編集部
原始感覚と言って「もっとも原始的な感覚」が一番正解という気がします。それと、“並べた10円玉”の話。10円玉を横に並べると、二枚あるので20円。でも、重ねて上から見ると10円のまま。平面で見るか立体で見るかで違う。この辺りの感覚、空間の捉え方は本来、誰もが持ち合わせているものなんですが…。
涌井先生
それはね、もっと自信を持たれた方がいいと思います。断面しか捉えない、断面を捉えがちなのが西洋医学。時間と空間と両方の広がりをもって、ものを見られるというのは、東洋医学が持つ本来の強さのはずなんだよね。こういうところ、日本庭園と考え方がそっくり。それと…やっぱり四季折々ね、月や産土神の話じゃないけど。月の運行や天照の動きっていうのが、人間の生理代謝に密接していることを、東洋医学はわかっている。これは大きい。鍼灸の会だからって言うわけじゃないけど、西洋医学の一番大きな欠落の点だと思いますよ。鍼灸師の皆さんが自覚されているかどうかは、別問題ですけどね(笑)。
編集部
「僕は東洋医学の“応援団”だと思うんですけど…違いますかね?」。笑いながら、最後にそう締めくくっていただいた涌井史郎先生。もちろん、間違いなく“応援団”です。それも、かなり心強い…。今回お聞きした東洋医学、ひいては鍼灸への“エール”に、私たちも大いに勇気をいただいたように思います。本日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

(インタビュアー:一見隆彦、仲野弥和)

 

造園家・東京都市大学教授 涌井史郎先生プロフィール

造園家。東京農業大学農学部造園学科卒業。日本造園学会に所属し、東京農業大学「造園大賞」、日本造園学会「日本造園学会賞」受賞、国土交通大臣表彰、黄綬褒章受章。著書に「景観から見た日本の心」「景観創造のデザインデベロップメント」など多数。主な作品に長崎ハウステンボス、東急宮古島リゾートのリゾート計画、多摩田園都市の街並みづくりがある。国土庁水源地域対策アドバイザーを通じて、過疎中山間地域や水源地の街おこしや活性化対策を手がけ、2002年 愛・地球博会場演出総合プロデューサー。現在、東京都市大学環境情報学部環境情報学科教授で、TBS「サンデーモーニング」(TBS)、「ちちんぷいぷい」(MBS)などにコメンテーター出演。
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