1. HOME
  2. 鍼灸を知る
  3. けんこう定期便
  4. No.15 スポーツバイオメカニクス

けんこう定期便

Health News

けんこう定期便

No.15 スポーツバイオメカニクス

名古屋大学総合保健体育科学センター センター長
教授 池上康男先生 (プロフィールはこちら)

人の動きを機械に見立ててスポーツをとことん科学する ~スポーツバイオメカニクスの世界~
興奮と感動の内に閉幕したロンドンオリンピック。史上最多となる38 個のメダルを獲得した日本勢の活躍は、まだ記憶に新しいところですね。今回お招きした池上康男先生が“スポーツバイオメカニクス”の世界を目指したきっかけも、まさにそのオリンピックにあったとか――豊かな知識を持たれる池上先生に、人を機械として見ていく“スポーツバイオメカニクス”のポイントを、わかりやすい小話にまとめていただきました。
力強く、時にしなやかなアスリートたちの動きを思い出しながら、カラダの内面、カラダの動きを科学する“スポーツバイオメカニクス”の世界を覗いてみてください。

時速150km の豪速球、そのナゾに迫る

スポーツバイオメカニクス。“バイオ”というのは、みなさんご存じですよね。“スポーツ”が頭に付いていますけど・・・バイオメカニクスというのは「バイオ」と「メカニクス」が合わさった言葉です。人や動物、まあ生物と言ってもいいんですが、それらの動きを調べる学問なんです。どうしてチーターは100km/h ぐらいで走り出せるのか、なぜカンガルーは飛んでも疲れずに走れるのか――そういう動きを“とことん”調べています。そこから、ヒトはなぜ150km/h の速球が投げられるのか、スポーツのそういうところを見ていこうとする世界です。

科学技術の進歩が、個性を奪ってしまった!?

スポーツバイオメカニクスで最初にやらなきゃいけないこと、それは「動きを正確に知る」ということです。「どうやって動いているか」を“正確”に調べます。昔だったら目で見るしかないですよね。あるいは写真で“ある瞬間”を見るしかない。それが今では、誰もが使えるビデオカメラで、プロの選手や手本とする先生の動きと自分の動きはどこが違うのか、簡単にわかっちゃう。それを繰り返しやっているものだから、みんな似てきちゃって・・・今はプロといえども、非常に個性が少ない時代ですね。

ナゼできないのか?それを教えるのが指導者

初心者を教えるときには、「求める動きができないのはなぜか」、これを知らなきゃいけない。スポーツ指導者の講習会にもよく行きますけど、「なぜその動きができないのか」を知らない指導者って、結構多いんですよ。「何でできないの?」と言ってしまっている。絶対言っちゃいけない。指導者がそれを言ったらおしまいですよ。「あなたができない原因を、僕はわかっていますよ。だから安心して、僕の言うとおりに少しずつやってみましょう」そう言えなかったら、指導者としてダメですね。こうした“原因”も、スポーツバイオメカニクスで探っています。

力があれば何でもできるというのは大ウソ

スポーツをやるというのは、「いつどこでどんな風に力を出すのか」「いつどこで力を抜けばいいのか」そういうことがわかるということです。だから、どこで力を入れるか、どこで力を抜かなきゃいけないかがとても大事になります。「力さえあれば何でもできる」というのは迷信です。例えば150km/h の速球を投げるピッチャー。そのピッチャーと同じように筋肉がついている選手がいても、150km/h の球を投げられるものではありません。それは、タイミングがうまくいっていないから――それがスポーツなのだと思います。

機械としてヒトを見ると、みな同じ構造を持っている

運動するカラダを、運動する機械だと考える。見なす――それがスポーツバイオメカニクスの基本です。もちろん生身の人間ですから、機械とはずいぶん違う面もありますが、機械=ヒトの動作原理を調べるというアプローチをします。だから「車はどうやって動くのかな?」と車をばらすのと同じように、人間の場合も「中がどうなっているのか?」を、どうにかしてわかろうと努力しています。言えるのは「機械としての構造(=骨格)は、すべての人間でほぼ共通」ということ。ひじの関節が肩のように自由に動くという人は・・・脱臼している人しかいません。

「力んではいけない」と言う、本当のワケ

「主働筋」と「拮抗筋」
人が動くとき、中心となって働く筋肉を主働筋、主働筋とは逆の方向に働く筋肉を拮抗筋と呼びます。腕を曲げた時に力こぶの出る上腕二頭筋は主働筋。その裏側、ヒジからワキにかけての上腕三頭筋が拮抗筋になります。反対に、腕を伸ばす時は上腕三頭筋が主働筋で、上腕二頭筋が拮抗筋。働く方向によって、同じ筋肉でも呼び名が変わるのです。
ゴルフに行って、1 番のティーグラウンド。みんなが見ています。すると、どこからか「あいつ力が入っているな」なんて声が聞こえてくる。“力が入る”というのはどういうことなのでしょう。スポーツって力を入れないとできないわけだから、力が入ってなぜ悪いんだと言う話ですけど・・・「主働筋」と「拮抗筋」の両方に力が入るのがよろしくない。文字どおり主働筋だけが働いて、拮抗筋にはリラックスしてもらえば良いわけです。だけど、緊張するとどうしても両方に力が入ってしまう・・・そう、どうしても。それではティーショットも、うまく飛んではくれません。

緊張すると「力が入ってしまう」、原因はDNA にある!?

例えば崖から落ちたときとか、動物って自分の体を守らなきゃいけない。無意識です。そして、体の中にある心臓だとか内臓だとか、そういうものを守るために、体を硬くするんです。硬くするために、「主働筋」と「拮抗筋」のどっちの筋もガチガチに収縮させるんですよ。緊張するとそういう動作を取るのは、遺伝情報として残っているんじゃないかと思います。自信はないですけども、緊張した場面で動作がぎこちなくなる、硬くなってしまうのは、ひとつには、そういうリラックスしなきゃいけない筋肉がリラックスできていないからだと、そう考えています。

カラダの中では、大きな力に耐えている

人のカラダは、外に出てくる力よりも、内に発生する力の方が大きい場合が多いです。それもひと桁以上・・・つまり、10 倍です。だから、たった4kg の重りでも、それを持っている時に筋肉が出している張力や、関節に掛かる力は相当な力になります。歩く時に足の裏に加わる力は体重の1.5 倍ほど、さらに走ると、2 倍になる部分もあります。そういう時に足首とか膝の中に発生する力、アキレス腱の張力なんかを計算してみると10 倍・・・体重が70kg の人だったら700kg とか、少なくても何百kg という力になる。膝の関節も状況は同じ・・・そのぐらいまで、人のカラダは耐えているんです。

カラダはココロよりも、とても壊れやすくできている

マラソン選手が42.195 キロを走ったら、それはもう関節の中なんて“ぐちゃぐちゃ”です。走り終わった後に関節鏡を入れてみたら・・・おそらく血だらけになっていると思いますよ。マラソンというのは1 回走ったら、かなりの期間休んで、膝とか足首とか関節の中をちゃんと回復させてやって、それからまたトレーニングをしないと・・・続けてはできないんです。ある大会で好成績を収めた選手が、次のレースで惨憺たる成績に沈む――そうめずらしいケースではありません。マラソンって、代表選手を選ぶのが難しい競技の一つだと思います。

ヒトを動かすエンジン=“筋肉”の動きとは?

筋肉の動き=この筋収縮は、外力と自分が出している力(=張力)の関係で3 つに分けることができます。1 つは、張力よりも外力の方が小さい場合、つまり物の重さよりも大きな力を出して持ち上げようとしているときですね。上腕二頭筋(いわゆる“力こぶ”ができる側)は短縮します。外から筋肉に加わった力よりも自分が出した張力が大きいときには「短縮性収縮」が起きる。そこから少しずつ力を弱めていくと・・・上腕二頭筋が伸ばされてしまう。力を出しているんだけど、外の力の方が強くて伸ばされてしまう。これを「伸張性収縮」と呼んでいます。その中間、腕相撲で相手もちょうど同じぐらいの力でにっちもさっちもいかない――そういう状態が外力と張力が釣り合っている状態で、3つめのケースになります。

筋肉痛は、筋力増強への第一歩になる

「短縮性収縮」と「伸張性収縮」
短縮性収縮:筋肉が縮みながら力を発揮する動き。伸張性収縮:筋肉が引きのばされながら力を発揮する動き。ちょうどダンベルを持ち上げていく動きが短縮性収縮、持ち上げたダンベルを下ろしていく動きが伸張性収縮です。この伸張性収縮は、筋肉痛の主原因と考えられています。
筋肉痛の主な原因と考えられる「伸張性収縮」。そして、筋肉が伸張性収縮をする=筋肉痛になると、筋肉の内部にミクロのダメージが発生すると言われています。この“ミクロのダメージ”が、実は筋力アップに一役買っている――筋力トレーニングで筋の内部にミクロのダメージを生じさせてやると・・・それが回復するときに筋肥大が起きる、これがいいと。例えば骨を折ったときに、返って太くなるとか、筋の中にそういうことが起きるんだと説明しています。おそらくダメージを修復するときにタンパク質の合成が盛んになって、その結果、筋肥大が起きるんだと思っています。

“指パッチン”に隠された、筋肉の不思議

筋肉はとても不思議な性質を持っています。人さし指と親指で輪っかを作ってみてください――できますよね。そのまま人さし指に力をためていって・・・おデコを“パチン!”。きっと痛いですよね。でも、親指を使わないで人さし指だけだったら・・・痛くもかゆくもないはずです。人さし指を伸ばすための力を入れてから親指を離すから、勢いがつく。筋肉には、収縮して力を出すだけでなく、こうしたバネのような作用があるんです。こういうバネの要素があるからこそ、それを有効に使うことによって、効率良くいろんな動きができているんです。

筋肉の“バネ”が実現する、エコな動き

雨が降っていて、大きな水溜まりがあるとします。渡るときに、みなさんはどうしますか?一度後ろへ下がるとか・・・やっていますよね?垂直跳びもできるだけ高いところへ上がろうとするのに、低くしゃがんで・・・こうした筋肉のバネ要素を使う場面は、たくさんあります。これ、世界中が注目しています。例えば走るという運動、計算上はエネルギーがものすごく必要なんですが・・・実際調べてみると、それほどでもない。メカニクスの手法で計算して「エネルギーがこれぐらい要るはず」だと調べていくと、実際の消費は、それよりも少ない。なぜか?“走る”という動作には、筋肉が持つバネ要素が有効に働いて・・・まるでボールが弾むように、カラダを先に運んでくれる。非常に効率がいい、だから少ないエネルギーで済んでいる――そこに理由がある気がします。

100m から1万m、ヒトが一番速く走れる距離とは?

「走る時間」と「速さ」の関係を考えてみます。平均速度で最も速い「競争」は――200m 走、少しだけ速いんですね。100m 走は止まった状態から「ヨーイドン」で走り出す。200m 走は、100m 走と同じように走ってから、残り100m があって、そのまま続けて走る・・・だから“ちょっと” 速いんです。そして400m、800m、1500m、5000m、1 万m・・・ずっと落ちてきてしまう。距離が長くなると、どんどん遅くなる。実際に一流スプリンターの平均時速、100m走だったら、瞬間的に42 ~ 43km/h になるんです。それがマラソンになると約20km/h と半分に落ちてしまいます。
我々の持っている“エンジン”というのは、瞬間的には40km/h ぐらい出せるけど、2時間もすると、20km/h に落ちてしまうんですね。こんな出来損ないの車、ありませんよ。車は・・・ずっと100km/h で走れますよね。オーバーヒートしたり、ガス欠したりしなければ、ずっと走る。でも、我々のカラダはそういう風にはできていません。時間が経つにつれてだんだんパワーが弱まっていく。車で言えば、ほとんどポンコツですね。そういう“愛すべき”ポンコツが、我々の“エンジン”なのです。
聞き慣れない専門用語には解説をつけてみたりと、夏の終わりに、少しアカデミックな内容でお届けした今回の「けんこう定期便」・・・お楽しみいただけましたでしょうか?
これから迎えるスポーツの秋・・・『動きを考えるとき』の参考になったと思います。そしてスポーツ観戦のとき、少し専門的に見ることができるかも知れませんね。
超満員になった会場(愛知県産業労働センター「ウインクあいち」)で、身振り手振りを交えた、池上先生の興味深いお話が、誌面からうまく伝わればうれしいです。。

池上康男(いけがみやすお)プロフィール

1949年5月生。1974年名古屋大学理学部卒業。
専門:体育学、スポーツバイオメカニクス。主な研究分野:身体運動の3次元分析、身体運動の力学的分析。主な所属学会:日本体育学会、日本バイオメカニクス学会、日本運動生理学会、日本スキー学会、国際バイオメカニクス学会(ISB)